「(人事)制度はあるが、運用がうまくいかない」。これは実に多くの会社で聞かれる悩みの一つです。この場合の解決策は「制度」を高度化するか、「運用」能力を高めるか、のどちらかとなりますが、どちらに注力すべきなのか、判断に迷う方も多いことでしょう。
そこで今回は上記判断の仕方について解説したいと思います。年初にあたり、本年の計画づくりのご参考になれば幸いです。
「制度」とは目的を実現するための手段・道具です。そして、なぜ「制度」を作るのかといえば、「そのとおりに実行していけばおおむね8割以上は妥当な結論が導けるから」です。一方、「運用」とは制度を実行していくことですから、「制度」と「運用」の基本的な関係は右のとおりとなります。
さて、「制度」を高度化するか、「運用」能力を高めるか、の判断の仕方ですが、次のフローチャートに従って判断します。「制度はある」ことが前提です。
「制度はある」といっても、「制度」をそのとおりに実行していながら半数を超える人が妥当な結論を導くことができないような制度は続ける意味がありません。
なお、上記に1点補足しますと、「制度」の立ち上げに失敗してしまった場合、すなわち「制度」の導入時点から現在まで「制度」をそのとおりに実行してこなかった割合が半分を超えているような場合には、「制度」の高度化をはじめとする「制度」の見直しからやり直した方が近道です。「今日から制度のとおりに実行しよう」と社員に呼びかけても、一度ついてしまったクセを直すにはより多くのエネルギーを要するのが通常だからです。
(人事)「制度」を高度化するとは、どのような人材を手厚く処遇するのかという基本方針は変えずに、制度のとおりに実行していけば8割以上は妥当な結論が導けるように“制度を補強すること”です。およそ20年かかりましたが、すでに社会全体が年功序列からの脱却は終えており、かつて見られた職能資格制度や成果主義人事のような一大ブームは起きないものと考えられます。現在は各企業がそれぞれ独自の考え方に基づいて人事制度を設定している状況にありますが、どのような人材を手厚く処遇するのかという基本方針をコロコロ変えるようなことは社員からの信頼を得られず、求心力を弱める結果となります。
また、この点から考えますと、よほど理念が全社に浸透しているような場合を除いては、「みんなで制度を決める」といった補強や改定の仕方は適切ではありません。なぜなら誰もが「自分の処遇が有利になるように」という視点から意見や希望を述べるのは当然ですし、それらを一つひとつ考慮しながら制度内容を検討すれば基本方針がブレてしまったり、ぼやけてしまうことは必定だからです。それでは「制度」の高度化や改定を行う意味がないどころか、かえって逆効果となります。「みんなで決めた制度なのだからみんな守ってくれるだろう」という期待も、本当に“全員”が参加できるのか、全部の意見が取り入れられるのか、という点から考えればそもそも成り立たない考え方なのです。経営トップの方針として「制度」を社員に提示し、真剣に、逃げずにその理解に努め、前向きな意見はどんどん取り入れていく、という対応が必要です。この場合の“民主主義”はかえって「責任逃れ」「無責任」と心得るべきです。
(人事)「制度」のメンテナンスとは、会社の事業の進化や変化に合わせて「制度」の内容を最適な状態に維持することです。代表例としては人事考課(評価)基準の追加や修正を上げることができますが、これらのメンテナンスは今の制度の運用がうまくいっている場合でも行う必要があります。この点が「制度」の高度化と異なるところです。メンテナンスを行わずに、「運用」でカバーしよう、との考えは避けた方が賢明です。下図を見てください。
「制度」というものは一定時点における条件に基づいて設定されます。メンテナンスしない限り、その内容は一定のままです。一方、会社の事業の内容は「よりよくしよう」と考えて運営されますから、両者の間にはどんどん乖離が生じていきます。従って、「制度」のメンテナンスを怠ると、その「制度」はだんだんと役に立たないものとなり、徐々に形式化し、やがてはただ「制度があるからやっている」という、何の効果ももたらさない、逆にコストだけ生じさせるものとなるのです。
なお、メンテナンスは意識しないとできるのものではありません。また、「制度」の設計段階から後々のメンテナンスのしやすさを考えておくべき、と言えるでしょう。
人事制度は会社の理念・方針を社員に最もわかりやすく伝えることができるものです。社員が最も関心を持つのは自分自身の処遇だからです。現在はどの業界でも自社の経営方針を素早く社員に浸透させて行動に移していかなければ生き残ることはできません。みなさんの会社では「ただ制度があるからやっているだけ」になっていませんか?それではせっかくの制度が有効に活用できていないどころか、ただコストだけ生じさせている、ということになります。「制度」の高度化と「運用」能力の向上のどちらの対策が自社にとって有効なのか、また「制度」のメンテナンスの重要性を本稿から感じ取っていただければ幸いです。