同じ仕事をしていれば同じ賃金を支払うべきであるという「同一労働同一賃金」という考え方があります。この考え方を法律で完全に義務づけることができない理由として、「日本は“職務給”ではなく、“職能給”だから」ということがよく語られます。職務給については前月号でも少し触れましたが、“職務給”“職能給”と言われても、一般の方にはその違いがよくわからないと考えられます。
そこで今回は、職務給と職能給について両者の違いがよくご理解いただけるように解説してみたいと思います。
職務給、職能給と言っても、法律に明確な定義が定められているわけではありません。人事・労務を専門とする人達の間での一般的な定義は次のとおりです。
上記のとおり、従来の定義では職能給の「能力」とは、過去の経験を通じて培ったもの、および将来の異動や教育を通じて培ってほしいものを合わせたものであり、世間一般の「能力」の意味とはかい離したものであることは否めません。給与というものは仕事の対価として支払われるものである以上、職能給の「能力」も"仕事の価値を生み出す能力"ととらえるべきものと考えます。しかし、職能給の「能力」をどのようにとらえるにせよ、
であるということができます。
では、具体例に当てはめてみた場合、両者はどのように違うのか?見てみたいと思います。
〜具体例〜
新卒、経理業務未経験の正社員A さんが経理部に配属となった。経理部にはベテランのパート社員Bさんもおり、Aさんは仕事でわからないことをBさんに教えてもらう場面も少なくない。
この場合、
職能給で上記のとおりとなる理由ですが、「能力」の従来の定義では過去の経験を通じて培ったものだけでなく、“将来の異動や教育を通じて培ってほしいもの”も含まれるため、ベテランのBさん(パート社員)の給与よりも新卒、未経験のAさん(正社員)の給与の方が高くなることがほとんどとなるのです。「能力」の定義を世間一般の意味に合わせて“仕事の価値を生み出す能力”ととらえた場合でも、このことは現実には変えられません。確かに現時点での“能力”はAさん(正社員)よりもBさん(パート社員)の方が高いです。しかし、「新卒一括採用による内部育成」というものは社会構造、意識であり、なかなか変わるものではありません。AさんにBさんよりも高い給与を払っても"投資"として合理的であればほとんどの企業はそうします。また、現実に1〜3年程度の間にAさんの“能力”>Bさんの“能力”となるケースがほとんどであればこそ、企業は最初から“逆転した給与”を支払うのです。
以上職務給と職能給の違いを見てきましたが、どちらが適切といえるのか?については3つの側面から判断する必要があると考えます。
「過去の年功制度により、高い給与額を受けている幹部社員が多い反面、会社への貢献度には大きな差があり、その是正をしたい」という目的を持っている場合には、職務給の導入を志向することになるでしょう。
反対に「若い社員が多く、これから様々な経験を積ませながら人材として育てていきたい」という目的を持っている場合には、職能給の導入を志向することとなります。
雇用形態とは正社員、パート社員といった区分が典型です。
パート社員の場合、職種や仕事の内容を特定して雇用契約を結ぶのが通常です。「経理事務」「販売職」といったようにです。従って、仕事内容が大きく変わるということは通常は想定されません。このような場合には職務給の方が馴染みます。
一方、正社員の場合、職種や仕事の内容を特定せずに雇用契約を結ぶ(入社する)のがまだまだ大部分でしょう。このような場合には1の「目的」にもよりますが、職能給の方が馴染みやすいといえます。ただし、幹部クラスの場合にはすでに専門分野もほぼ特定され、会社への貢献度にもはっきりとした違いが出てくるものと考えられますので、職務給的な給与体系も一定の合理性を持つものと考えられます(この点については前月号も是非ご覧ください)。
職務給の場合、異動があったり、組織が変われば給与額も変わるのが通常です。従って、異動ひとつをとってみても、個々人が納得するような計画的な異動が行えるかどうか?が重要なポイントとなります。組織編成についても、ある部門を縮小すればそこの部門長の給与額は下がります。「それがかわいそうだから」という理由で最適な組織編成に支障が出るようであれば職務給の導入は避けた方がよいでしょう。ポスト(職位)についても同様で、「ある社員に○○の給与額を出してあげたい」がために無駄なポストを作るようなことがもし実際に起こっているようであれば職務給の適否を再検討してみる必要があります。
職能給の場合、異動があったり、組織が変わっても、給与額(基本給部分)は変わらないのが通常です。
今回は職務給と職能給の違いについて見てきました。「どちらが今後の給与体系のあり方として正しいのか?」は上記<それぞれの適否を判断するポイント>に照らして判断すべきものと考えます。みなさんの会社における給与制度検討のご参考になれば幸いです。